秋桜歳時記・俳句季語集・春

時候

春(はる)【三春 九春 春の旅 春の宮 春の寺 春の人 春の園 村の春】
   
春や昔十五万石の城下哉       正岡 子規
   思ひ出の街を素通り春の旅      篠原 としを
立春(りっしゅん)【春立つ】
   
立春の月忌の花を椿とし       遠入 たつみ
   立春の雨美しき並木かな       薗田 秀子
二月(にがつ)
   二ン月や女ばかりの謡会       金子 綺羅
   野仏の胸当て寒き二月かな      上田 俊二
寒明(かんあけ)
   寒明の噴井の水の潔し        小林 むつ子
   松明入衆の火をうちかぶり寒明くる  高橋 朔羊
初春(はつはる)
   初春の宮に花伝書蔵せらる      小野田 洋々
   初春や嫁となる娘の訪れし      北里 夏雄
早春(そうしゅん)【春淡し】
   
早春のやすらぎありぬ古墳群     溝口 博子
   早春の風吹いてくる湖の村      白崎 きよし
春浅し(はるあさし)【浅き春】
   
春浅し父に愚痴などこぼしをり    横井 かず代
   漣の流るゝばかり浅き春       押谷 隆
睦月(むつき)【太郎月】
   
初孫の睦月の空のめでたけれ     瀧村 水峯
   沈丁の蕾の青き睦月かな       中上 三川子
旧正月(きゅうしょうがつ)【旧正】
   
旧正の〆新しき宮地蔵        河上 睦女
   牡蛎打ってをり旧正の髪のまゝ    高月 ポプラ
冱返る(いてかえる)【凍返る】
   
凍返る軒に一杯みりん干し      米沢 はつゑ
   凍返る瀧の不動の面構        野間 ひろし
冴返る(さえかえる)
   冴返る離れに老の一人かな      吉田 伝治
   酒蔵の酒生きてゐて冴返る      中島 木曽子
春寒(はるさむ)【寒き春】
   
春寒の安宅の関の波荒し       守岡 千代子
   春寒やつめたき子の手にぎりしめ   長野 豊子
余寒(よかん)【残る寒さ】
   
鎌倉を驚かしたる余寒あり      高浜 虚子
   苗床の藍にもどりし寒さかな     尾上 萩男
三月(さんがつ)
   三月の雨に時々雪まじる       中家 徳三郎
   三月のまだ枯色の美しく       冨永 津耶
如月(きさらぎ)【梅見月 初花月 雪消月】
   
如月や裏目々々の日もありて     山本 きぬ
   如月の古式の火種火を祀る      高木 冨美
啓蟄(けいちつ)【地虫穴を出づ 地虫出づ 蟻穴を出づ 地虫】
   
啓蟄の地となり天となりにけり    杉浦 東雲
   地虫穴出るといふ日の街歩く     澤 ゑい
春めく(はるめく)【春動く 春きざす】
   
春めくや人の噂を尼もする      小林 千代子
   結びたる雨の雫も春めきぬ      高橋 卯木
彼岸(ひがん)【中日】
   
古寺の彼岸の門の開かれし      岩田 麗日
   庭池に漬けし樒も彼岸かな      刈谷 次郎丸
暖か(あたたか)【ぬくし】
   
寄りかゝる良寛の碑の暖かし     諸橋 草人
   幸便の二行の文の暖かき       中畑 耕一
四月(しがつ)
   列車今四月の櫟林行く        江藤 都月
   雪國に寒のもどりと言ふ四月     長谷川 より子
弥生(やよい)【花見月 桜月】
   
拝殿の弥生の扉開かるゝ       茂上 かの女
   蒼き夜の星みなやせし弥生かな    川口 厚子
春の日(はるのひ)【春日 春日影 春の朝日 春の夕日】
   
春の日の苗木の村の上にあり     秋畑 まきこ
   幻の邪馬台国の春日落つ       松尾 立石
日永(ひなが)【永き日 遅日 暮遅し】
   
この庭の遅日の石のいつまでも    高浜 虚子
   鎌掛けに鎌の掛けある日永かな    江本 如山
麗か(うららか)【うらら】
   
うらゝかや壱岐に拝めり曽良の墓   藤垣 とみ江
   何時も来る鳩今日もきて庭うらら   船倉 双山
長閑(のどか)【のどけし】
   
長閑さやこゝろに期することもなく  吉田 秋水子
   いつまでも手を振る島の人長閑    椎野 房子
春暁(しゅんぎょう)【春の朝 春の曙 春あかつき 春のあかつき】
   
春暁のうつつの中の機の音      土井 ふさ枝
   春暁や御薬師岳の御空より      福島 悦子
春昼(しゅんちゅう)
   春昼や鰐の群れゐて湯に眠る     上月 大八郎
   春昼の泥湯にひたる女かな      宮本 のぶえ
春の暮(はるのくれ)【春夕 春の夕】
   
能面のうすき翳りも春の暮      新島 艶女
   一本のはなれし畦木春夕べ      二階堂 英子
春の宵(はるのよい)【春宵 宵の春】
   
妊りし娘に長電話春の宵       野川 枯木
   春宵のたがひに交す小盃       倉田 紘文
春の夜(はるのよ)【夜半の春 春夜】
   
カジノ出て春の夜の街暗かりし    武藤 万瓢
   涙ほろほろ春の夜は訳もなく     播磨 てるみ
別れ霜(わかれじも)【霜の名残 忘れ霜】
   
火の山の裾野の村の別れ霜      久留島 広子
   忘れ霜忘れし頃に桑の芽に      倉田 紘文
春深し(はるふかし)【春更く 春深む】
   
春深し余生の恋を大切に       松本 あや子
   蔀閉じ観音堂も春深む        平田 卯芽女
夏近し(なつちかし)【夏隣 近き夏】
   
夏近し黒髪切って身重の娘      佐藤 耶重
   鉄塔の列を正して夏近し       大月 智恵子
   
行春(ゆくはる)【春行く 春の名残 春の果 春尽】
   
行春や百段の闇のぼりけり      上島 顕司
   渦潮の渦やや小さく春は行く     本岡 歌子
暮の春(くれのはる)【暮春 末の春】
   
円座つみ重ねてありし暮春かな    高野 素十
   止んでゐし雨のまた降る暮春かな   澤 草蝶
春惜む(はるおしむ)【惜春】
   
惜春の女に白き波がしら       本岡 歌子
   惜春の帯にはさみし句帖かな     高木 美雪

天文

春時雨(はるしぐれ)
   枯色の由布の盆地の春時雨      冨永 津耶
   重なりし山より春の時雨来る     竹崎 紫泉
春の雪(はるのゆき)【淡雪 春雪 春吹雪】
   
この国の怖ろしきもの春の雪     村上 三良
   春雪の足の跡より解け初むる     多胡 ぬい
初雷(はつらい)【虫出】
   
初雷の激しき音の二度ありき     城戸崎 松代
   初の雷鳴るや一と雨一としきり    渋谷 まさゑ
春雷(しゅんらい)【春の雷】
   
春雷や能面赤き唇を持つ       豊東 蘇人
   十万の鶏冠立てし春の雷       吉川 耕花
東風(こち)【強東風 朝東風 夕東風】
   
東風吹くと天神様へ申上ぐ      鈴村 寿満
   夕東風や一つともりし端島の灯    牛島 清治
涅槃西風(ねはんにし)【涅槃吹】
   
涅槃西風止めば西山また雪に     松下 芳子
   豌豆の蔓のほどけし涅槃西風     刈谷 桂子
雪の果(ゆきのはて)【名残の雪 雪の別れ 忘れ雪】
   
いよいよの雪の果とも思ふべし    本岡 歌子
   忘れ雪明日は別るゝ女とあり     松木 百枝
貝寄風(かいよせ)
   島を去る日の貝寄風の吹くことよ   山田 聴雨
   貝寄風やジャン・コクトオの貝の詩  池谷 陶魚
春雨(はるさめ)【春の雨 春霖】
   
春雨の加賀友禅の街にあり      岩崎 すゞ
   春霖の闇へ大きく道曲る       栗田 直美
霞(かすみ)【朝霞 昼霞 夕霞 遠霞 薄霞 棚霞 鐘霞む 草霞む】
   
古里は筑紫の国よ春霞        三島 汲水
   子の未来親の未来や遠霞       山田 はるい
陽炎(かげろう)【糸遊】
   
陽炎ふておればこの身も美しく    岩坂 三枝
   糸遊の野面に蝶のおどり出づ     江藤 ひで
春の空(はるのそら)【春天】
   
開拓の昔のまゝの春の空       栗原 昌子
   ゆけむりの上にゆけむり春の空    倉田 紘文
春の月(はるのつき)【春月 春月夜 春満月】
   
春月や室生寺の僧ふところ手     高野 素十
   東山近く宿とり春の月        衛藤 きく女
朧月(おぼろづき)【月朧 淡月】
   
跳ね揚げて朧の月の四手網      竹田 于世
   胎動の時々ありて月おぼろ      佐々木 小夜
朧(おぼろ)【朧夜 朧月夜】
   
うつし世のおぼろの中に歩を移す   吉田 長良子
   会終へて朧月夜の女かな       山下 雄子
花曇(はなぐもり)
   花曇東の方に東山          江本 如山
   少女等のうすき花ひげ花曇      大山 百花
春光(しゅんこう)【春色 春の匂 春容 春望】
   
水天にたゞ春光のあるばかり     遠入 たつみ
   春光の大師の杖も軽からん      甲斐 重子
風光る(かぜひかる)【風やわらか】
   
霊山の隣の山も風光る        亀田 俊美
   急緩に神楽の撥や風光る       吉野 長慎
春の塵(はるのちり)【春ぼこり 砂あらし】
   
春塵の壺の一つを愛すかな      三島 汲水
   稽古事とらはれてゐて春ぼこり    藤間 蘭汀
春風(はるかぜ)【春の風】
   
春風や闘志いだきて丘に立つ     高浜 虚子
   春風の吹いておりたる藁屋かな    倉田 紘文
蜃気楼(しんきろう)【海市 喜見城 かいやぐら】
   
蜃気楼見ることなしに魚津過ぐ    荒金 久平
霾る(つちふる)【黄沙 黄砂 霾天】
   
二三日大いに吹いて霾れる      倉田 紘文

地理

雪解(ゆきどけ)【雪解 雪解風 雪解水 雪解滴 雪解川 雪汁】
   
石狩の起伏に雪解はじまりし     草野 恵美子
   雪解くる時のつぶやき聞き給へ    村上 三良
雪しろ(ゆきしろ)【雪濁 雪しろ水】
   
北上川のこの雪しろも一支流     竹田 はるを
   いつまでも雪濁りして北の簗     松下 芳子
雪崩(なだれ)【雪なだれ 地こすり 風雪崩】
   
直ぐあとに雪崩ありしと報されし   川田 政尾
残雪(ざんせつ)【残る雪 雪残る 陰雪】
   
雪残る頂一つ国境          正岡 子規
   田螺田にまだ雪残る奥越後      金山 有紘
雪間(ゆきま)【雪のひま】
   
太畦の真直ぐはしる雪間かな     長谷川 耕畝
   故郷の雪間の道を帰り来し      羽生 大雪
凍解(いてどけ)【凍ゆるむ 凍解くる】
   
干してある陶土凍どけ始めけり    本田 菁爽
   あけたての障子の内外凍ゆるむ    梅島 婦美
氷解(こおりどけ)【解氷 氷解 浮氷】
   
川波の尖りて押せる浮氷かな     佐藤 多太子
薄氷(うすらい)【残る氷 春の氷】
   
薄氷の水になじみてやゝ動く     久垣 大輔
   薄氷の下のうすうすみどりなる    渡辺 しづ
焼野(やけの)【末黒野 焼野原】
   
湧蓋山頂に雪焼野統ぶ        穴井 湧峰
   末黒野の燻り立ちて夕ざるる     伊豆 萩波
春の山(はるのやま)【春嶺】
   
玉垣のうしろにつゞき春の山     酒井 露酔
   春山のあり地獄田といふがあり    笹原 耕春
山笑う(やまわらう)
   機関士のまゝに定年山笑ふ      野崎 夢放
   なだなにもなき田の上の山笑ふ    林 千恵子
水温む(みずぬるむ)【温む水】
   
耶馬渓に陶匠一人水温む       小倉 草人
   水温む山国川や通院す        笈木 志津女
春の水(はるのみず)【水の春 春水】
   
春水や蛇籠の目より源五郎      高野 素十
   春水の底より水輪生まれ来る     藤井 俊一
春田(はるた)【春の田】
   
薬師寺の塔の見えゐる春田かな    小松 虹路
   小国線たった一輛春田行く      佐藤 寥々子
春の川(はるのかわ)【春江 春の瀬】
   
濯女のマドロスパイプ春の川     溝口 栄子
   春川の二タ曲りしてあと見えず    佐藤 峻峰
春泥(しゅんでい)【春の泥 春の土】
   
王子への十歩ばかりの春の泥     射場 秀太郎
   春泥の足袋をはきかへ神の前     山本 まさ子
流氷(りゅうひょう)【氷流るる 流氷期】
   
流氷となる一片のはなれゆく     近澤 杉車
   音たてて一流氷の割れはなれ     佐藤 多太子
春の野(はるのの)【春郊 弥生野】
   
春野行く少女の気分ありて行く    篠原 穂積
春の海(はるのうみ)【春の湖 春の浜】
   
春の海庇の下にまつ平        佐藤 峻峰
   画きたる波三本の春の湖       岩本 周熈
春潮(しゅんちょう)【春の潮】
   
春潮に身ををどらせし鴎かな     伊藤 清子
   渦二百渦三百の春の潮        倉田 紘文

人事

二月礼者(にがつれいじゃ)
   一力の二月礼者の出入りかな     吉田 立冬子
   ほのぼのと紅刷き二月礼者かな    林 糺苑
ニの替(にのかわり)【三の替】
   
招待の旅程に組まる二の替      新島 艶女
百々手祭(ももてまつり)
   当り矢のふるへとゞまる百々手祭   真鍋 蕗径
   この浦の春にさきがけ百々手祭    山下 輝畝
初午(はつうま)二月最初の午の日・稲荷神社【午祭 一の午 ニの午 三の午】
   
初午の神の雪道あけありし      福井 みわ
   驛前に一の鳥居や牛祭        菅 直桑
針供養(はりくよう)二月八日・関西などでは十二月八日【針祭る 針納め 針山祭る】
   
針供養淡島様は母の里        中井 ユキ子
   針祭る男にもある糸切歯       小野田 洋々
建国記念の日(けんこくきねんのひ)二月十一日【建国祭 紀元節】
   
建国の日のあめつちの美しき     大隈 草生
奈良の山焼き(ならのやまやき)
   お山焼すみし麓に鹿遊ぶ       山下 輝畝
   戎壇院辺りは静かお山焼       橋本 道子
バレンタイン(ばれんたいん)二月十四日
   
指染めてバレンタインの夜を独り   中野 貴美子
   待ちあはすバレンタインのティールーム  安藤 雅子
獺の祭り(おそのまつり)二月二十日前後
菜種御供(なたねごく)二月二十五日・京都北野神社【梅花御供】
   
冠に菜種の花や菜種御供       若林 北窗
   梅の枝剪られて冥利梅花祭      原山 英士
比良八講(ひらはっこう)陰暦二月二十四日・滋賀県比良明神
此花踊(このはなおどり)三月一日・大阪堀江
二日灸(ふつかきゅう)陰暦二月二日【ふつかやいと 春の灸】
   
善男女足投げだして二日灸      山田 月家
   行商の旅の前夜の二日灸       天野 菊枝
雛市(ひないち)【雛店 雛の市 雛買う 雛見世 雛売場】
   
雪残る出羽三山や雛の市       上田 芳子
   雛店の雛にみられて恥ずかしや    荒井 恵子
桃の節句(もものせっく)三月三日【桃の日】
   
桃の日に生まれし人の祝わるる    安倍 晴子
雛(ひな)【雛祭 ひひな 雛遊 雛飾る 初雛 古雛 内裏雛 土雛 紙雛 雛壇 雛の宴 雛の客 
雛の宿 雛流し 雛納 雛箱 男雛 女雛】
   
筆に紅つけて雛の口を描く      瀬戸 十字
   雛の世の昔はありし貝合せ      加藤 羝羊子
白酒(しろざけ)【桃の酒 お白酒 白酒徳利 白酒瓶 桃花酒】
   
白酒を仰向いてのむ女かな      浅井 静子
   白酒の十九の酔の美しき       谷崎 和布刈男
菱餅(ひしもち)
   菱餅も反りし雛も納めねば      中山 欣史
   菱餅のそり返りたる四日かな     堅田 春江
曲水(きょくすい)三月三日【曲水の宴 流觴 盃流し】
   
王朝の雅びを今に盃流し       野田 武
鶏合(とりあわせ)【賭鶏 勝鶏 負鶏 鶏の蹴合 闘鶏 闘鶏師】
   
鶏合せ覗き去りたる神父かな     吉川 耕花
   勝鶏に手をあましをる夫婦かな    鈴木 灰山子
闘牛(とうぎゅう)
   闘牛の互角の角を交し合ひ      上甲 明石
   勝牛も負牛もいま洗わるゝ      山田 聴雨
伊勢参(いせまいり)【お陰まいり 抜参 伊勢参宮 脱参 坂迎え 伊勢講】
   
伊勢詣り果せたる安堵畦を焼く    竹田 はるを
春日祭(かすがまつり)三月十三日・奈良県春日大社【申祭】
   
王朝の絵巻現つや申祭        佐藤 千兵
御水取(おみずとり)三月十三日・奈良東大寺二月堂【水取】
   
戻り寒ありて今日よりお水取     広瀬 みのる
   水取の暗き内陣拝しけり       堀 みのる
御松明(おたいまつ)三月十五日・京都嵯峨清涼寺
   
一山の僧の並びし御松明       山内 年日子
   大松明の火の粉雪の粉鬼走る     松本 竜庵
涅槃(ねはん)陰暦三月十五日【涅槃会 涅槃図 寝釈迦 涅槃の日 常楽会】
   
まやぶにんいそぎたまへるねはんかな  笹原 耕春
   涅槃図の月は光を失ひぬ       中 憲子
雁風呂(がんぶろ)奥州南部外ヶ浜【雁供養】
   雁風呂の昔々の村通る        村上 三良
   遠く燃ゆ岬の焚火も雁供養      有働 清一郎
治聾酒(じろうしゅ)立春から第五の戌の日
彼岸詣(ひがんまいり)【お中日 彼岸団子 彼岸会 彼岸寺 彼岸晴 彼岸鐘 彼岸道】
   
墓の雪払ひて彼岸詣かな       鈴木 康永
   お彼岸のおはぎを持ちて見舞ひ客   青木 歌子
開帳(かいちょう)【出開帳 居開帳 開帳寺】
   
燈明の数のいよいよ御開帳      松木 百枝
   一山の僧集まりて御開帳       都築 道子
遍路(へんろ)【遍路笠 遍路宿 遍路寺 島四国】
   
遍路杖小脇にあづけ合掌す      山本 天留女
   二階への梯子ぎしぎし遍路宿     今川 青風
大試験(だいしけん)【及第 落第】
   
大試験山の如くに控へたり      高浜 虚子
   大試験終へてやさしき娘となれり   稗田 富貴子
   
卒業(そつぎょう)【卒業生 卒業歌 卒業式】
   
わんこそば屋に卒業の前夜祭     吉田 ひで
   卒業子大方は皆村を出る       杉 艸子
入学(にゅうがく)【新入生 入学試験 入学式 進学 入学期】
   
入学の母系の碧き瞳かな       武藤 万瓢
   入学の祝の一つ肥後の守       下城 宇良
出代(でがわり)【新参 古参 御目見得 出替女】
   
出代りの友との電話楽しけれ     北里 信子
   新参の織娘が少し花に酔ひ      小林 ながお
四月馬鹿(しがつばか)四月一日【エイプリルフール 万愚節】
   
四月馬鹿常の話も嘘多く       石川 かほる
   押して開かずひいて開く扉や四月馬鹿  茂野 六花
東踊(あずまおどり)四月一日から二十日まで・新橋演舞場
   
帯ゆれて東踊の總をどり       篠原 美加英
蘆辺踊(あしべおどり)四月一日から二十四日まで・大阪南花街
都踊(みやこおどり)四月一日から三十日まで・京都祇園
   
尼様の来てゐる都踊かな       山内 年日子
   褄とって都踊の出番の妓       林 富佐子
浪花踊(なにわおどり)三月十五日から十日間・大阪北新地
潅仏(かんぶつ)四月八日【仏生会】
   
勿体なや潅仏に似し目鼻立ち     沢井 山帰来
   黒人の母娘も善女仏生会       久本 千代喜
花御堂(はなみどう)
   ある寺の障子ほそめに花御堂     高野 素十
   僧林の僧一人なる花御堂       江本 如山
甘茶(あまちゃ)
   み佛は甘茶びかりをして在はす    滝口 芳史
   満願となりし甘茶を頂きぬ      新井 恵子
花祭(はなまつり)四月八日
   
百千のぼんぼり灯し花まつり     佐藤 沙園女
   週末の花の祭も雨なりし       芦苅 タマキ
釈奠(せきてん)【おきまつり 孔子祭 釈采】
   
鍬だこの手に釈奠の笛を吹く     香月 梅邨
   廊堂に村人あふれ釈奠        野中 穂浪
安良居祭(やすらいまつり)四月十日・京都今宮神社【花踊 今宮祭】
   
安良居の花傘花に触れてゆく     若林 かつ子
   あぶり餅食べて安良居祭見て     村尾 梅風
嵯峨念仏(さがねんぶつ)四月十一日から十五日まで・京都嵯峨清涼寺釈迦堂
十三詣(じゅうさんまいり)四月十三日・京都嵯峨法輪寺【智恵貰 智恵詣 智恵餅】
   
智恵餅を掌に握りしめ磴降る     佐藤 芙陽
山王祭(さんのうまつり)四月十四日・滋賀県日吉(ひえ)神社【日吉祭】
   
山王の祭の武者の花渡り       山本 綾
受難節(じゅなんせつ)
   受難節ほろほろははな散り初めし   吉本 信子
   落椿地に紅かりし受難節       渡辺 夏人
復活祭(ふっかつさい)春分後最初の満月の次の日曜日
   
子等の掌の卵の赤し復活祭      吉本 信子
花供養(はなくよう)四月十八日から二十四日まで・京都鞍馬寺
   
花供養すみし鞍馬の濃山吹      稲田 桃村
   残り咲く椿の寺の花供養       江藤 ひで
御身拭(おみぬぐい)四月十九日・京都嵯峨清涼寺釈迦堂
   
御身拭ひ拭く湯とりかへとりかへて  北村 光阿弥
   大黒天御身拭ひて微笑給ふ      斎藤 栄峰
御忌(ぎょき)四月十九日から二十五日まで・浄土宗寺院【法然忌 御忌詣 御忌の寺 御忌の鐘 御忌の庭 御忌小袖】
   
無量子の今亡し御忌の僧の中     矢津 羨魚
   大方は見知りの客や法然忌      林 正之
御影供(みえいく)四月二十一日・真言宗各寺院【空海忌】
   
草餅の今も摂待空海忌        久垣 大輔
壬生念仏(みぶねんぶつ)四月二十一日から五月十日まで・京都壬生寺【壬生狂言 壬生踊】
   
双手あげ一睡さめし壬生舞台     矢津 羨魚
   なかなかに役者出てこぬ壬生の鉦   経谷 一二三
島原太夫の道中(しまばらたゆうのどうちゅう)四月二十一日・京都市島原【道中 太夫道中】
   
にこやかに踏み出す太夫の八文字   福田 玉函子
先帝祭(せんていさい)四月二十三日から三日間・下関赤間宮
   
紅石の雨となりたる先帝祭      福田 玉函子
   琵琶を聴く一人の盲先帝会      香月 梅邨
天皇誕生日(てんのうたんじょうび)【天長節】
   
同じ日に生まれ天皇誕生日      伊藤 ふみ
どんたく(どんたく)五月三日から四日まで・福岡市
   
どんたくの人に押さるゝばかりなる  都甲 康枝
八十八夜(はちじゅうはちや)五月二日頃
   
桑の実の青き八十八夜かな      上田 花勢
   八十七夜八十八夜きのふけふ     倉田 紘文
鳴雪忌(めいせつき)二月二十日【老梅忌】
   
尼寺に小句会あり鳴雪忌       高浜 虚子
   山里の雨の一日や鳴雪忌       帖地 津木
義仲忌(よしなかき)陰暦一月二十日
   
湖に風波立てる義仲忌        大山 百花
   義仲忌近づく寺に近く住む      安藤 雅子
實朝忌(さねともき)陰暦一月二十七日【金槐忌】
   
大銀杏芽吹かんとして実朝忌     大気 十潮
   ほの白き昼の月あり実朝忌      上野 百人
大石忌(おおいしき)陰暦二月四日【良雄忌】
   
一本の庭の白梅大石忌        若林 北窗
   奉る舞一さしや大石忌        辻 迪子
西行忌(さいぎょうき)陰暦二月十五日【円位忌】
   
西行忌心に今日の高曇り       赤羽 岳王
   きさらぎの歌のあはれや西行忌    池谷 陶魚
利休忌(りきゅうき)陰暦二月二十八日
   
心また新たにはべる利休の忌     三宅 静枝
   利休忌のすぎたる墓の花菜かな    堀谷 鋭子
其角忌(きかくき)陰暦二月三十日
虚子忌(きょしき)四月八日【椿寿忌】
   
鎌倉に遠き夫婦に虚子忌くる     高野 素十
   男より女多くて虚子忌艶       橋本 對楠
梅若忌(うめわかき)四月十五日
   
梅若忌哀しき母の舞を舞ふ      篠原 美加英
人丸忌(ひとまるき)陰暦三月十八日【人麿忌】
   
万葉のむらさき芽吹き人丸忌     藤 小葩
目貼剥ぐ(めばりはぐ)
   農を継ぐ心定まり目貼剥ぐ      竹田 はるを
北窓開く(きたまどひらく)
   北窓を開けて遥かな山を見る     谷村 貴美子
   北窓の開くことなき飯場かな     片岡 北窓子
炉塞(ろふさぎ)【炉の別れ 春の炉 炉の名残 炉蓋置く】
   
炉をふさぐ名残の灰を篩ふかな    須藤 一枝
   山守の名残の春炉焚きくれし     佐野 五水
炬燵塞ぐ(こたつふさぐ)
   塞ぎたる炬燵のあとの青畳      香下 寿外
   秘めごとの仄かに炬燵塞ぎけり    牧 月耕
春炬燵(はるごたつ)【春火桶 春火鉢 春暖炉】
   
三人の子にかこまれて春炬燵     石川 梨代
   占ひて来し手をかざす春火桶     野崎 静子
捨頭巾(すてずきん)
   松の枝に捨頭巾して話声       池田 歌子
胴着脱ぐ(どうぎぬぐ)
   老夫のなかなかぬげぬ胴著かな    圓佛 美咲
垣繕う(かきつくろう)【棚繕う】
   
繕ひし籬に今日の海光る       宮崎 寒水
   藤蔓の自由を奪ひ棚を結ふ      久木原 みよこ
屋根替(やねがえ)【葺替 屋根葺く】
   
屋根替の雨となりたる雨やどり    本岡 歌子
   蝶一つ舞ひあがりゆくお屋根替    中村 千恵子
大掃除(おおそうじ)
ガラス戸にへばりつく子ら大掃除   都甲 憲生
春の風邪(はるのかぜ)
   うたかたの記を読み返す春の風邪   山内 年日子
   いつも猫胸に抱きて春の風邪     茂野 六花
種痘(しゅとう)【植疱瘡 種痘の子】
   
種痘する女ながらも校医かな     松浦 沙風郎
梅見(うめみ)
   良く吠ゆる犬に梅見の人行来     奥田 草秋
   梅見時過ぎれば過疎の宮となり    高木 織衣
梅園(ばいえん)【梅林】
   
梅園の麦の青さの二筋に       鈴村 寿満
   触れてみし遅速の枝や梅の園     鈴木 正子
踏青(とうせい)【青きを踏む あおきふむ】
   
踏青や平等院をふた廻り       浅井 詔子
   踏青や神学校を志し         薮下 陸舟
野遊(のあそび)
   根子岳がそこに見えゐて野に遊ぶ   大塚 華恵
   しんがりを行きて野遊び孤独もち   甲斐 とくえ
摘草(つみくさ)【草摘む】
   
摘草の人また立ちて歩きけり     高野 素十
   摘草の水の音する方へ行く      半澤 律
芹摘む(せりつむ)
   芹を摘む夫に忙中閑ありて      上甲 紗苔女
   故里に帰りし女芹を摘む       真柄 嘉子
蓬摘む(よもぎつむ)
   山門の下に摘みたる蓬かな      佐藤 芙陽
   草餅を作る気になり蓬摘む      椎野 房子
つくし摘む(つくしつむ)
   ふる里の土の匂ひやつくし摘む    安藤 寿胡
   だんだんに人と離れて土筆摘む    上田 芳子
嫁菜摘む(よめなつむ)
   嫁菜摘む昔のまゝの畦を恋ふ     甲斐田 久子
小水葱摘む(こなぎつむ)【細水葱】
蕨狩(わらびがり)【蕨とる 干蕨】
   
麓よりはや散らばりて蕨狩      永松 西瓜
   海女の家低き廂や干蕨        佐藤 由比古
防風採(ぼうふうとり)【防風掘る 防風摘み】
   
防風の茎長々と掘出され       片倉 志津恵
   指を洩る砂さらさらと防風摘む    谷 繁子
花見(はなみ)【花見客 花人 桜人 桜狩 観桜 花巡り 花見酒 花の酔 花の宴 花守 花衣 花疲れ 
花の茶屋 花の宿 花の幕】
   
花衣縫ひつゝ涙こらえつゝ      吉村 敏子
   散り敷ける花に敷きたる花莚     数川 三枝子
花便(はなだより)
   けふははや室戸岬より花だより    澤村 啓子
花篝(はなかがり)【花雪洞】
   
花に焚き神に焚きたる花篝      小林 ながお
   花篝風の変りてまた燃ゆる      梧桐 青吾
桜餅(さくらもち)
   桜餅弥陀三尊に一つづつ       北村 光阿弥
   灯しても独りは淋しさくら餅     中島 木曽子
椿餅(つばきもち)
   上下の葉の反り合ふて椿餅      佐竹 たか
草餅(くさもち)【草餅の香 蓬餅】
   
草餅や清水寺の中の茶屋       山田 栄美代
   蓬餅神に佛に供へたる        河野 みつの
鴬餅(うぐいすもち)【蕨餅】
   
蔵の窓あけて鶯餅を売る       村中 美代
   蕨餅昨日のまゝにやはらかし     中溝 八重子
菜飯(なめし)
   小佛の峠の茶屋の菜飯噴く      塩月 能子
   塩田の頃の大釜菜飯ふく       高瀬 初乗
枸杞飯(くこめし)【枸杞摘む】
   
垣根より溢るる枸杞を摘みにけり   斉木 うた子
五加木飯(うこぎめし)【五加木摘む】
   
貧賤に威々たらず五加木飯      坂口 かぶん
   心には一み佛や五加木飯       貫名 英子
桜漬(さくらづけ)【桜湯 塩桜 花漬】
   
一枚の葉のある風情桜餅       山田 聴雨
   結納の娘の幸せや桜漬        富川 敬三
花菜漬(はななづけ)
   二つ三つ大きな花や花菜漬      高月 ポプラ
   夢覚めて今日の予定や花菜摘     田中 起美恵
山葵漬(わさびづけ)
   日田郡一村のこれ山葵漬       天領 杉太郎
田楽(でんがく)【田楽焼 田楽刺 木の芽田楽】
   
田楽の三年味噌の味まろき      池邊 美保子
   一菜は木の芽田楽寺料理       北村 光阿弥
木の芽和(このめあえ)
   おとなひし庫裡の馳走の木の芽和   古屋 貞子
青饅(あおぬた)
   青饅やふる里遠く住み古りて     河野 伊早
凧(たこ)【いか はた いかのぼり 凧揚げ 凧の糸 凧の尾 紙鳶 鳳巾】
   
御所の凧あがれあがれと仰ぎけり   鈴村 寿満
   凧静かなれば糸引く子の座り     向井 曽代
風車(かざぐるま)【風車売】
   
風車赤く廻るは淋しかり       小林 たか子
   風少しあればよく売れ風車      南雲 糸虫
風船(ふうせん)【風船売 風船玉 紙風船 ゴム風船】
   
風船の横に流るる風のあり      芦川 巣洲
   風船の空あるところまで上れ     杉山 マサヨ
石鹸玉(しゃぼんだま)【たまや 水圏戯 石鹸玉飛ぶ 石鹸玉消ゆ】
   
牛小屋の牛に流れぬ石鹸玉      福島 鼓調
   シャボン玉吹きて変りし心かな    岡本 美恵子
鞦韆(しゅうせん)【秋千 ふらここ ふららこ ぶらんこ 半仙戯】
   
ふらこゝや花より出でて花に入る   茂野 六花
   もの思ふ時ブランコにかくる癖    木村 都由子
ボートレース(ぼーとれーす)【競漕 レガッタ】
   
競漕に瀬波一筋流れゆく       内田 じすけ
運動会(うんどうかい)
   運動会終へし茜の空仰ぐ       本西 満穂子
遠足(えんそく)
   校長として遠足の列を行く      土永 竜仙子
   遠足の列砂浜に広がりし       橋本 遊子
春日傘(はるひがさ)【春の日傘】
   
つり橋を渡りて湯女の春日傘     飯田 法子
   春日傘ひとりの影の生まれける    三ケ尻 とし子
湯治舟(とうじぶね)
   舟ゆれて人現るる湯治舟       三宮 美津子
   湯治舟らしきを眺めなつかしむ    菊池 輝行
朝寝(あさね)
   
山鳩のくぐもり鳴ける朝寝かな    中 憲子
   娘の家に旅の終りの大朝寝      桶川 皆舟
春眠(しゅんみん)
   春眠の覚むればただの女なり     本岡 歌子
   春眠の児のふくよかな乳ふくみ    東 京子
春燈(しゅんとう)【春の燭 春灯 春の燈 春燈下】
   
みほとけの淡き翳もつ春燈      長谷川 蕗女
   とびとびの滝沢村の春灯       川原 程子
春愁(しゅんしゅう)
   春愁や窓なき湯女の控部屋      友成 ゆりこ
   島の灯の遠くに春の愁かな      植本 恵美
野焼く(のやく)【草焼く 芝焼く 畔焼く 野火 遠野火 野火守 野火煙】
   
野を焼いて帰れば燈下母やさし    高浜 虚子
   ひとたびは吹き拡がりし芝火かな   高野 素十
山焼く(やまやく)【山火 焼山 遠山火 山火燃ゆ】
   
山焼きのすみたる村に雪の降る    河原 比佐於
麦踏(むぎふみ)【麦を踏む】
   
歩み来し人麦踏をはじめけり     高野 素十
   島人の海に向ひて麦を踏む      合原 泉
耕(たがやし)【耕す 耕人 耕牛 耕馬 馬耕 春耕 耕耘機】
   
耕しの休んでばかり老の鍬      大野 林窓
   この馬と耕して子ら育てあげ     箕輪 新七
田打(たうち)【田を打つ 田を返す 田を鋤く 田起し 打つ田】
   
田打鍬一人洗ふや一人待ち      高野 素十
   鍬の土足で落して田を打てる     岩島 畔水
畑打(はたうち)
   どこからか花の散りくる畑を打つ   森田 雪子
   忌に篭る妻を誘ひて畑を打つ     杉 千代志
苗床(なえどこ)【苗圃 苗札 種床 温床 冷床 苗障子】
   
苗床の土にも生命ある如し      千本木 溟子
   苗札の風にひらひらして読めず    三宮 美津子
種物(たねもの)【花種 物種 種売 種袋 種物屋】
   
軽かりし風船草の種といふ      澤村 啓子
   あをあをとあかあかと絵や種袋    浜 秋邨
花種蒔く(はなだねまく)【物種蒔く】
   
花種を蒔くこともなく忌に籠る    平山 愛子
   嫁ぐ子を惜しみて花の種を蒔く    吉田 守一
鶏頭蒔く(けいとうまく)
   鶏頭を蒔くや十四五本出よと     沢井 山帰来
   葉鶏頭の種の小さく蒔きにくし    柴山 つや子
夕顔蒔く(ゆうがおまく)
   夕顔を蒔くを忘れて旅に出し     高野 素十  
糸瓜蒔く(へちままく)
   糸瓜蒔く日を違へしはかなしけれ   坂本 鬼灯
   ぶらぶらと成るを心に糸瓜蒔く    天野 菊枝
胡瓜蒔く(きゅうりまく)
   一時間浸し胡瓜の種子を蒔く     浅井 八郎
南瓜蒔く(かぼちゃまく)
   学校の理科の授業の南瓜蒔く     天野 逸風子
茄子蒔く(なすまく)【なすび蒔く 茄子床】
   
ふところに暖め茄子の種をまく    森田 雪子
牛蒡蒔く(ごぼうまく)
   牛蒡蒔きより書きそむる農日記    岩崎 仙巴
   退任の心静かに牛蒡蒔く       高木 一水
麻蒔く(あさまく)
   ひろびろと空のありけり麻を蒔く   上島 幸重
朝顔蒔く(あさがおまく)
   景品の朝顔の種蒔いてみる      芦川 巣洲
   欠席の児の朝顔も蒔いてをく     中 憲子
藍植う(あいうう)
   藍を蒔く日なり燕の来る日なり    宮崎 寒水
   明日植う一番藍の束ねられ      尾上 萩男
蒟蒻植う(こんにゃくうう)
   蒟蒻を植うるほかなき村に住む    小川 背泳子
蓮植う(はすうう)
   鮒走る時波走り蓮を植う       高瀬 初乗
   種盥ひっぱるたびに蓮植わる     山本 二千
芋植う(いもうう)【種芋 芋の芽 里芋植う】
   
花冷えの畑に夫と芋を植う      高木 冨美
   種芋を切り並べるが老の役      岡田 玉水
桑植う(くわうう)
   桑植ゑて膝の高さに切り揃え     石橋 郷水
   農協の桑苗のこと放送す       岡崎 芋村
木の実植う(このみうう)
   省みる植うる木の実と我が命     山口 笙堂
苗木植う(なえぎうう)【植林 杉植う 松植う】
   
それよりの國を興さむ植樹祭     山本 忠壯
   沙羅植ゑてわれ仰ぐ日のありやなし  松下 芳子
菊根分(きくねわけ)【菊分つ 菊植う】
   
つながれし犬の見ている菊根分    藤田 静古
   菊の名を添へて届きし分根かな    新山 武子
萩根分(はぎねわけ)
   萩寺の萩の根分けの一行事      石崎 晋象
   妻の云ふまゝのところへ萩根分    阿部 よし松
菖蒲根分(しょうぶねわけ)
   掘り起す菖蒲根分の土固し      曽我 鈴子
   菖蒲の根分く三つに分け四つに分け  佐藤 梧林
接木(つぎき)【接穂 砧木 接木師 接木畑 穂木】
   
四五人の解く圍みたる接木かな    片岡 北窓子
   年のことなど思ふまじ梅を接ぐ    伊東 奈美
取木(とりき)
   取木翁へくそかづらを一と払ひ    坂口 かぶん
挿木(さしき)【挿穂 挿し柳 柳挿す】
   
育てきて挿木に匂ふ沈丁花      牧野 豊陽
木流し(きながし)
   木流の男にあがる水しぶき      岡本 武三
初筏(はついかだ)
厩出し(うまやだし)
   
損得を抜きの馬好き厩出し      竹田 はるを
   風除の蔭より牛や厩出し       上田 花勢
    
猟名残(りょうなごり)
   冬の日に焼けて今年の猟終る     甲斐 謙次郎
雉打(きじうち)【雉笛 雉子の笛】
   
杣人のけふは雉子打ち犬連れて    秋月 城峰
   飛びたちし雉へ二発目三発目     渡辺 池灯
羊の毛剪る(ひつじのけきる)【羊の毛刈る】
  
 毛を刈りし羊に犬の少し吠え     江本 如山
   行来くる仔に毛を刈れる羊鳴く    若土 白羊
種俵(たねだわら)【種籾 すじ俵】
   
二タ筋の縄にそれぞれ種俵      若土 白羊
   種袋あげし濁りのすぐ澄めり     小川 木橋
種井(たねい)【種池 種桶 種浸し 種井戸 種井時】
   
花の土手遠くにありし種井かな    長谷川 耕畝
   映りたる畦木が揺るゝ種浸し     瀬戸 きよ子
種選(たねえらみ)【種選る】
   
豊凶は御仏まかせ種選ぶ       遠藤 善蔵
   種を選る亡母の名のある笊二つ    河津 春兆
種蒔(たねまき)【籾蒔く 籾おろす 種おろし 物種蒔く すじまき】
   
一人来て種蒔くまでの畦往来     高野 素十
   踏みかふる足の濁りや種下す     井上 阿堂
種案山子(たねかがし)
   赤き帯ひらひらさせて種案山子    野田 迪子
   種案山子たてゝ女の旅に発つ     都甲 君子
苗代(なわしろ)
   阿賀の水引いて苗代始まりし     大野 多美三
   苗代田を縫ふて観光馬車がゆく    草本 美沙
水口祭(みなくちまつり)
   水口に榊を立てて祀りあり      蒲原 ひろし
畦塗(あぜぬり)【塗り畦】
   
畦塗の済みたる畦を跨ぎけり     青山 友枝
   一すじの村の境の畦をぬる      戸井 文雄
霜くすべ(しもくすべ)【霜害】
   
晩霜をくすべて三日李畑       山中 真智子
   霜害を神父も嘆きくるるなり     武藤 万瓢
茶摘(ちゃつみ)【茶山 茶畑 茶園 茶摘女 茶摘唄 茶摘笠 茶摘籠 茶摘機】
   
八十の母が采配大茶摘        衛藤 きく女
   三番茶終へし茶園の起伏かな     姫野 丘陽
製茶(せいちゃ)【焙炉 焙炉場】
   
庭先に大釜すゑて新茶煎る      尾石 ゑい
   掌の熱し熱しと新茶揉む       河原 好枝
桑摘(くわつみ)【桑車 桑籠 桑摘女 桑摘唄】
   
ちゝはゝにすこし離れて桑摘める   桐野 善光
   母小さし桑にかくれて桑を摘む    倉田 紘文
蚕飼う(かいこかう)【蚕飼 たねがみ 蚕飼女 掃立 飼屋 蚕棚 蚕室 捨蚕 蚕時雨 蚕疲れ 蚕屋障子 
春蚕掃く 蚕飼人 蚕の眠り 養蚕 蚕飼妻】
   
佛壇にちゝはゝ在す蚕飼かな     金子 九九
   蚕時雨の縁に休める女かな      岡崎 芋村
緑摘む(みどりつむ)【松の緑摘む 若緑摘む】
   
門内に梯子の見えて緑摘む      大気 十潮
   その中にへくらの海女も緑摘む    成瀬 千代
馬市(うまいち)
苗木市(なえぎいち)
   山茶花にほつほつ花や苗木市     高橋 守
   すぐ通り抜けてしまひし苗木市    堀川 炭舟
藤棚(ふじだな)
   藤棚をくぐりて拝む磨崖仏      衛藤 睦子
   藤棚の下に商ひをりしかな      高島 みどり
鮎汲(あゆくみ)
   遠山にまた来し雪に鮎を汲む     松下 芳子
上り簗(のぼりやな)
   磧より一炊煙や上り簗        野中 穂浪
白魚舟(しらおぶね)【白魚網 白魚汁 白魚和 白魚汲む】
   
惜別の一盞ここに白魚舟       高野 素十
   白魚汲む湖の曙の白々と       玉置 仙蒋
蜆採(しじみとり)【蜆桶 蜆籠 蜆汁 蜆舟 蜆売】
   
サロマ湖の夕べ淋しき蜆とり     加藤 斐子
   蜆売り少し話して少し買ひ      遠藤 善蔵
田螺取(たにしとり)
   道端に笠かむせある田螺篭      大野 多美三
   休耕の田に住みつきし田螺取る    谷口 かなみ
田螺和(たにしあえ)【田螺汁 ツブ和】
   
直会に田螺料理や田螺祭       久垣 大輔
   母の忌の一思ひ出や田螺和      野田 武
鮒膾(ふななます)【山吹膾 叩き膾 子守膾】
観潮(かんちょう)
   祓はれし観潮船の汽笛かな      高瀬 初乗
   行きちがう観潮船に手を振れる    姫野 丘陽
磯開(いそびらき)
   弁天の祠の岬磯開く         鈴木 灰山子
   潮垂るゝ若布と鮑磯開き       尾上 萩男
磯遊(いそあそび)【磯祭 磯菜摘 花散らし】
   
神島の見ゆるあたりの磯あそび    小山 登喜子
   燃え悪き汐木の煙磯菜摘む      荒木 千句子
磯竈(いそかまど)
   お迎への心に焚かれ磯かまど     小山 登喜子
汐干(しおひ)【干潟 汐干狩 汐干潟 干潟遊ぶ】
   
一睡に干潟の遠く遠くまで      佐藤 欽子
   風に乗る孫のはしゃぎや潮干狩    嶋川 ミサオ
馬刀突(まてつき)【馬刀掘】
   
馬刀突の二ツ目の穴教へらる     芦川 巣洲
鮑取(あわびとり)
   乱磯をつたひ分れて鮑とる      澤村 芳翠
   鮑海女らしき舟炉の一と煙      児玉 菊比呂
海苔採(のりとり)【海苔粗朶 海苔籠 海苔簀 海苔干す 若布舟】
   
初島のまはり平らに海苔の粗朶    古賀 菊枝
   海苔障子より蝶々と女の子      岡本 武三
若布刈舟(めかりぶね)【若布刈竿 若布刈鎌 若布刈拾い 若布刈干す 若布売 若布舟】
   
和布刈舟走る舳を空に向け      宮崎 寒水
   年頃の二人の娘和布干す       指中 恒夫
搗布船(かじめぶね)【搗布焚く】
   
奥能登のもう搗布刈始めしと     谷村 喜美子
鯛網(たいあみ)
   鯛網や左に越後右に佐渡       金子 蜂郎
   鯛網を見に来し土佐の女なり     澤村 芳翠
目刺(めざし)
   突然の息子の帰郷目刺焼く      南 冨美子
白子干(しらすぼし)
   浜風に白子干す手をひるがへし    中村 仏船
   浜に嫁す姉の便りや白子干      良籐 き代
干鱈(ひだら)【棒鱈 打鱈 ほしだら】
   
干鱈積む浜の女の髪真白       畑 美津恵
壺焼(つぼやき)【焼栄螺 栄螺の壺焼】
   
民宿の朝の壺焼き蜑と吾       清田 柳水
焼蛤(やきはまぐり)【はまなべ】
雲丹(うに)【うにの塩辛】
   
ちらばりて雲丹舟という三角帆    木路 きみ子
   巫女一つづつ雲丹海に雲丹供養    上甲 明石

動物

猫の恋(ねこのこい)【孕猫 恋猫 戯れ猫 うかれ猫 春の猫 猫さかる】
   
好き嫌ひありてかなしき猫の恋    帖地 津木
   恋猫に大きな月ののぼりけり     稲田 眸子
 
孕鹿(はらみじか)
   押すな押すなの人東大寺孕み鹿    田北 ぎどう
   孕鹿水飲みに来て十九渕       中村 千恵子
仔馬(こうま)【子馬 孕み馬 馬の仔】
   
授かりし仔馬の赤き寄進旗      河津 春兆
   親馬の跳べば仔馬もとびにけり    大原 得考
子猫(こねこ)【親猫 猫の子 子持猫】
   
猫の子の養老院にもらはるゝ     近澤 杉車
落し角(おとしづの)【鹿の角落つ 忘れ角】
   
住職の居間に届きし落し角      山口 笙堂
鴬(うぐいす)
   鶯のクルスの墓に来て啼ける     石山 高子
   鶯の近くに鳴けば遠くにも      菊池 輝行
鳥帰る(とりかえる)【鳥雲に入る 鳥雲 引鳥 帰る鳥 小鳥引く】
   
鳥雲にどこかゞ欠けて六地蔵     中山 欽史
   鳥帰る北上川を見てあれば      倉田 紘文
引鶴(ひきづる)【帰る鶴 鶴去る 鶴帰る 残る鶴】
   
引鶴の第一陣のありてより      遠入 たつみ
   残り鶴戻りし寒に引きそびれ     古賀 三春女
引鴨(ひきがも)【帰る鴨 行く鴨 鴨帰る 残る鴨 春の鴨】
   
引鴨の小さき陣の渡り行く      天野 貞枝
   漣に起ひこされつゝ春の鴨      山本 二千
   
帰る雁(かえるかり)【帰雁 雁帰る 名残の雁 行く雁 雁の別れ 春の雁】
   
雁帰る別れの池を旋回し       足立 玉翠
   旅人の仰いでをりし雁帰る      中澤 なみ子
雉(きじ)【雉子 きぎす 雉鳴く 夜のきぎす 雉の声 雉子翔つ】
   
宮様の放ちし雉子の高く翔ぶ     東原 芦風
   ひそやかに雉笛と云ふものを吹く   城谷 すぎ
駒鳥(こまどり)【知更鳥 こま】
鷽(うそ)【鷽鳥 鷽鳴く】
雲雀(ひばり)【揚雲雀 落雲雀 初雲雀 夕雲雀 雲雀野 雲雀鳴く】
   
その声を視野にとらへし揚雲雀    林 香翠
   揚雲雀花嫁村を廻りゐし       大江 朱雲
燕(つばめ)【乙鳥 つばくろ つばくら つばくらめ 初燕 燕来る 夕燕】
   
初燕見し沼風のなかに見し      蒲原 ひろし
   妻留守の一人の昼餉燕来る      相良 九馬
百千鳥(ももちどり)
   新しき句碑の建ちけり百千鳥     若土 白羊
   百千鳥とは云へねども我が庭も    伊津野 朝民
囀(さえずり)
   囀りや昨日のことはもう昔      林 千恵子
   神の木の高きにありて囀れり     小野 菖菊
鳥交る(とりさかる)【鳥つるむ 鳥つがう 鳥の恋】
   鳥交るかひまと言ふも束の間に    福田 玉函子
   目の前に交る雀の可愛らし      諸橋 草人
鳥の巣(とりのす)【巣籠り 巣鳥 巣隠れ】
   ひなの待つテラスの前の巣箱かな   今川 かつ子
   巣ごもりの鵲の尾の見えてゐし    松尾 玲子
古巣(ふるす)
   鵲の古巣夕日に大いなる       本多 勝彦
   鳥の巣の崩れてをりし枯木かな    大山 百花
鷲の巣(わしのす)
鷹の巣(たかのす)
   国原を瞰して鷹巣作れる       玉置 仙蒋
鶴の巣(つるのす)【鶴の巣籠】
鷺の巣(さぎのす)
   鷺の巣の木上見張りの鷺一羽     伊東 伸堂
雉の巣(きじのす)
   雉の巣のまわりの麦を刈らでおく   甲斐 謙次郎
   雉の巣を知れる開拓一家かな     笹原 耕春
烏の巣(からすのす)
   烏の巣らしや望遠鏡の中       成田 悦子
   雲水の朝夕見上ぐ烏の巣       徳永 球石
鵲の巣(かささぎのす)
   高々と鵲の巣作り始まりし      古賀 ハル子
鳩の巣(はとのす)
   鳩の巣のひな寄り合ふて親を待つ   長谷川 芳子
燕の巣(つばめのす)【巣燕】
   本堅田町一丁目燕の巣        沢井 山帰来
   阿寒湖のホテルの軒の燕の巣     荒巻 大愚
千鳥の巣(ちどりのす)
雲雀の巣(ひばりのす)
   雲雀の巣見つけしことを言はざりし  真鍋 蕗径
雀の巣(すずめのす)
   雀の巣たくさんありて寺貧し     山田 聴雨
   湯の花の古屋のここにも雀の巣    福吉 幸子
孕雀(はらみすずめ)【子持雀】
   旅疲れ孕雀を草に見る        高浜 虚子
麦鶉(むぎうずら)
巣立(すだち)【巣立鳥】
   この降りに頬白の雛巣立つとは    南 耕風
雀の子(すずめのこ)【子雀 親雀 春の雀】
   子雀に餌をまく嫁よ身ごもりし    小野 秀子
   一すじの藁しべ口に親雀       佐藤 華秋
松毟鳥(まつむしり)【まつくぐり】
蝶(ちょう)【胡蝶 蝶々 黄蝶 紋白蝶 紋黄蝶 初蝶 揚羽蝶 双蝶 てふてふ】
   初蝶来何色と問ふ黄と答ふ      高浜 虚子
   方丈の大庇より春の蝶        高野 素十
蝿生る(はえうまる)【蝿の子】
   蝿生る共働きの遅夕餉        新島 艶女
   布衣の身に蝿生れたる親しさよ    山口 芦火
春の蝿(はるのはえ)
   カーテンの襞にひっそり春の蝿    佐竹 たか
春の蚊(はるのか)【春蚊 初蚊 春蚊鳴く 初蚊出る】
   春の蚊のうすうすとして灯に寄りぬ  水谷 たつ子
   春の蚊の絮の如くに吹かれきし    古賀 秀女
虻(あぶ)【青虻 牛虻 虻の声 虻唸る 虻の昼 虻日和】
   大いなる輪を描きけり虻の空     高野 素十
   虻愚か打たるるまではつきまとう   荒巻 大愚
蜂(はち)【蜜蜂 熊蜂 花蜂 足長蜂 穴蜂 土蜂】
   花よりも大きな蜂や花の中      西村 きぬこ
   穴蜂の穴より遠くへは行かず     草本 美沙
蜂の巣(はちのす)【巣蜂】
   蜂の子の切り落されし巣を去らず   荒巻 大愚
   下刈に蜂の巣多し蜂多し       穴井 研石
蚕(かいこ)【春蚕 捨蚕 お蚕 毛蚕 眠り蚕】
   上州の女蚕を敬ひぬ         川井 梅峰
   吹く風に顔を上げたる捨蚕かな    倉田 紘文
山繭(やままゆ)【山がいこ】
花見虱(はなみじらみ)
蛙(かわず)【初蛙 かへる 遠蛙 鳴蛙 昼蛙 夕蛙】
   父一人蛙の闇に灯し住む       田中 蛙村
   頬杖をついて淋しや夕蛙       青山 冬至
亀鳴く(かめなく)
   亀鳴くや一百姓のホ句作る      浜川 穂仙
   亀鳴くや母を憶へばきりがなく    中島 木曽子
蝌蚪(かと)【お玉杓子 蛙の子 蛙生る 蝌蚪の紐】
   寂光の水なめらかに蝌蚪生る     東原 芦風
   水の辺の暗くなりゐし蛙の子     稲光 すみ
蛇穴を出づ(へびあなをいづ)
   蛇穴をいでて唐招提寺あり      小松 虹路
   蛇穴を出て身を隠す術を知り     千本木 早苗
白魚(しらうお)【しらを 銀魚】
   裏戸出てすぐ白魚を汲みはじむ    坂東 紀仙
   白魚の水に戻せば水の色       久木原 みよこ
公魚(わかさぎ)
   釣りあぐる公魚のみなきらめけり   高柳 和弘
   ひき潮のごと公魚の去りゆけり    牧 月耕
さより(さより)【竹魚 細魚 針魚】
   乱れたる列とゝのへてさより去る   河原 比佐於
   鰔干す漁夫の手元のきらきらと    村上 ギン
柳鮠(やなぎはえ)
   投網よりこぼれし鮠の雪に跳ね    川原 道程
子持鯊(こもちはぜ)【春の鯊】
若鮎(わかあゆ)【小鮎 鮎の子 上り鮎】
   若鮎の二手になりて上りけり     正岡 子規
   若鮎を鮎苗と呼び近江かな      上原 はる
鰆(さわら)
   紀の海の鰆走りの波迅し       山川 喜八
   木簡にありし越中鰆かな       杉浦 東雲
鯡(にしん)【鰊 鰊群来 春告魚 黄魚 走り鰊】
   新しき鰊箱積み上げし浜       佐藤 多太子
鱒(ます)
   鱒泳ぐバレリーナの如くかな     小川 背泳子
いかなご(いかなご)【かますご かますじゃこ】
飯蛸(いいだこ)
   飯蛸を取るたいまつのゆらぎけり   中井 ユキ子
   飯蛸に一壺の酒のあれば足る     大隈 草生
菜種河豚(なたねふぐ)
ムツゴロウ(むつごろう)【むつ】
桜うぐい(さくらうぐい)【花うぐい 赤魚】
   花うぐひ普請祝ひの膳にのる     松本 竜庵
   一筋のうすき花色花うぐひ      浜岡 延子
桜鯛(さくらだい)【花見鯛 乗込鯛】
   定年の夫にとどきし桜鯛       佐藤 芙陽
   跳落ちし計量の上の櫻鯛       広瀬 みのる
花烏賊(はないか)【桜烏賊】
   花烏賊をのせて秤の目が震ふ     中 裕
蛍烏賊(ほたるいか)【まついか】
   螢烏賊来るを待ちつつ夜もすがら   指中 恒夫
蛤(はまぐり)
   大いさのそろふ蛤分かちけり     大庭 光子
   蛤の椀あたゝかき磯の香よ      大神 幸巴
浅蜊(あさり)
   浅蜊とる波濤の裏にうづくまり    豊東 蘇人
   潮たるる浅蜊を下げて見舞はるる   稲垣 由江
馬刀(まて)【馬刀貝】
桜貝(さくらがい)【紅貝 花貝】
   櫻貝母と拾ひし夢に見し       羽野 蕗村
   桜貝島の女として果てむ       村中 美代
栄螺(さざえ)
   玄海の怒濤湧き立つ栄螺採る     井手 芳子
   動きゐる湯治みやげの栄螺かな    平山 愛子
鮑(あわび)
   いただきし伊勢の土産の鮑かな    笈木 志津女
   鮑海女波に酔ひしと礁の上      竹田 ひさの
常節(とこぶし)【小鮑】
   常節のまこと小さきこともよし    掘 みのる
細螺(きさご)【きしゃご ぜぜ貝】
諸子(もろこ)【初諸子 柳もろこ】
   諸子網干して堅田の波止長し     山内 年日子
   雫してさげゆく魚籠や初諸子     鈴村 寿満
蜷(にな)【蜷の道 みな 川蜷 いそにな】
   蜷を見てをりし静かに時うつり    吉田 立冬子
   蜷の道過去はうすれてしまひけり   前山 百年
田螺(たにし)【田螺鳴く】
   一日の道の始まる田螺かな      打出 たけを
   鳴くといふ田螺を聞きに五六人    江本 如山
蜆(しじみ)
   近江の子近江に帰り蜆汁       岩本 周熈
   浜言葉なる気安さの蜆買ふ      山崎 喜八郎
烏貝(からすがい)
   水潜り烏貝採り呉れし人       井手 芳子
   烏貝獲る舟動くともなくて      原 鬼灯
魚島(うおじま)
雲胆(うに)【海栗 雲丹】
   足で漕ぐ海胆採り舟のゆるゆると   山内 一甫
   岩の間の波にゆがめる海膽を採る   市ノ瀬 翔子
磯巾着(いそぎんちゃく)
   現れし礁に磯巾着の華        江口 紫路
   満ち汐にいそぎんちゃくの花数多   阿部 夕礁
汐まねき(しおまねき)
   一斉に鋏み振り上げ汐まねき     和才 ふさ子
   汐まねき横に走って忍者めく     清田 柳水
奇居虫(やどかり)【がうな】
   奇居虫の波に逆らひころびたり    経谷 一二三
   奇居虫の中に這ひをり磯菜篭     吉田 伝治

植物

梅(うめ)【梅の花 野梅 白梅 臥龍梅 老梅 飛梅 梅が香 梅一輪】
   老幹の横たはるあり夜の梅      高野 素十
   白梅の花に蕾に枝走る        倉田 紘文
盆梅(ぼんばい)
   盆梅のさかりの白き夕かな      安藤 立詩
   盆梅の漂ふ香り人の来し       梅林 清
紅梅(こうばい)
   紅梅の寺金色の仏ます        本宮 鬼首
   一本の薄紅梅により添ひし      森岡 恵女
黄梅(おうばい)
   黄梅の花の明りの揺れており     川崎 ヒデ子
   黄梅の刈込みすぎて花少な      田中 としこ
沈丁花(ぢんちょうげ)【丁子 端香 沈丁の香 丁子咲く】
   逝きし子の墓に又来て沈丁花     武田 松子
   沈丁花女盛りにかほりけり      宮本 緑山
辛夷(こぶし)
   大空に万燈の燭花辛夷        佐藤 千兵
   一方を向いて辛夷の蕾かな      村上 冨智子
木蓮(もくれん)【白木蓮 紫木蓮 木蘭】
   木蓮の花に重たき帚かな       小野 秀子
   西の京雨となりたる紫木蓮      大山 百花
連翹(れんぎょう)
   連翹の枝伸び伸びて絡みけり     竹田 ひろし
   連翹の黄の明るさを通りぬけ     川原 道程
紫荊(はなずおう)【花蘇芳】
   湖のほとりの祠花すはう       佐藤 梧林
   紫荊ひしめき咲きて垣の内      吉村 寒雷
古草(ふるくさ)
   古草に座す水の音風の音       中島 木曽子
下萌(したもえ)【草萌 草青む】
   国学を興さむ心下もゆる       山本 忠壯
   草萌に孫の一歩の初まりぬ      森山 抱石
若草(わかくさ)【嫩草 新草】
   若草を摘む指先のみどりなる     三好 菊枝
春の草(はるのくさ)【春草 芳草 草芳し】
   春草のつややかなるはまむし草    半澤 律
   農具市見て春草に横たはる      金子 蜂郎
犬ふぐり(いぬふぐり)
   み仏にまみえてをりし犬ふぐり    藤島 きぬゑ
   盛りともなれば疎まれ犬ふぐり    谷口 君子
菫(すみれ)【菫草 花菫 菫野 初菫 山すみれ 壺すみれ 相撲花 パンジー】
   御手洗に菫の花の浮きて舞ふ     山田 三桜
   パンジーの花びらめくれ風のまゝ   安藤 寿胡
蒲公英(たんぽぽ)【鼓草 蒲公英の絮】
   蒲公英の一番花の茎短か       瀬戸 十字
   たんぽゝの絮となりたる丸さかな   江藤 睦子
紫雲英(げんげ)【五形花 げんげん 蓮花草 げんげ野 花げんげ】
   昔からこゝはげんげ田懐かしや    山元 秀女
   けんげ田の恋と云ふには幼なかり   新井 恵子
苜蓿(うまごやし)【クローバ】
   松葉杖置きクローバの四ツ葉摘む   山田 はるい
   うまごやし深きところの深き色    池邊 美保子
繁縷(はこべ)【はこべら 花はこべ】
   牛市の跡はこべらの盛りなる     佐藤 由比古
   はこべらの鍬にまつはり打ちにくし  中山 都
薺の花(なずなのはな)【三味線草 ぺんぺん草 花薺】
   ころがりし仔犬の碗や花薺      伊東 奈美
   新道の出来てペンペン草の花     関 夫久子
酸葉(すいば)【すかんぽ 酸模 あかぎしぎし】
   すかんぽに少女の脚の白く伸び    山本 祐三
   ぎしぎしの花咲きほうけ咲きほうけ  伊谷 詢子
虎杖(いたどり)
   虎杖を抱へ渓より現れし       本西 満穂子
   母ありしいたどり笛を吹きくれし   谷口 里江
茅花(つばな)【茅花野 茅萱の花 浅茅が花 茅花咲く 茅花照る】
   お遍路のつけし路なり茅花咲く    藤原 春風子
   ほこほこと茅花の絮の日にほぐれ   丹羽 玄子
春蘭(しゅんらん)
   春蘭に首をかしげてゐる男      出羽 智香子
   春の蘭老によき部屋当がはれ     森 竜南
黄水仙(きずいせん)
   咲き盛る花傾けて黄水仙       足立 玉翠
一人静(ひとりしずか)【吉野静 眉掃草】
   寄り添ひて一人静の咲きゐたり    坪井 さちお
   一人静二人静はかげの花       池邊 美保子
金鳳華(きんぽうげ)【うまのあしがた 金鳳花】
   一面の風のうれしききんぽうげ    赤木 範子
   はなびらを雨にたゝみてきんぽうげ  釘宮 のぶ
金盞花(きんせんか)【常春花 長春花】
   金盞花咲く市役所の駐車場      姫野 丘陽
   空缶に入れて供へし金盞花      紙田 幻草
勿忘草(わすれなぐさ)【わすれな草】
   美しき勿忘草を植ゑ替へし      枌 さつき
   母の忌に勿忘草を姉さげて      南 耕風
母子草(ははこぐさ)【はうこぐさ】
   母子草母となりても母恋し      宮尾 寿子
   母子草一束ねして活けられし     寺岡 小夜子
桜草(さくらそう)【雛桜 乙女桜 プリムラ】
   母の愛とは純白のさくら草      川原 和子
   本降りの一日となりさくら草     清田 韶子
チューリップ(ちゅーりっぷ)【鬱金香】
   黄の音符赤の音符やチューリップ   佐藤 多太子
   花閉づる力の失せてチューリップ   曽我 鈴子
ヒヤシンス(ひやしんす)
   ヒヤシンス二列に咲きて濃紫     城戸崎 松代
シクラメン(しくらめん)
   花びらにチョークの粉やシクラメン  山下 渓水
   看護婦となりて帰郷やシクラメン   工藤 芳久
スイートピー(すいーとぴー)
   スヰトピー垣根なで来て立ち話    渕野 なぎさ
   スヰトピー花咲き伸びて観世音    磯崎 緑
シネラリヤ(しねらりや)【サイネリヤ】
   シネラリヤ今が盛りの時と買ふ    宮本 緑山
アネモネ(あねもね)
   アネモネの薄き花びら風に散る    高司 良恵
   アネモネに少し重たき雨雫      東 京子
フリージア(ふりーじあ)
   
麻酔よりさめて窓辺のフリージア   城戸 和喜子
クロッカス(くろっかす)
   クロッカス咲きし佳きことありさうな 上原 信子
   クロッカスの花に冷たき風のあり   中川 民子
雛菊(ひなぎく)【延命菊 長命菊】
東菊(あずまぎく)【吾妻菊】
春菊(しゅんぎく)【菊菜 しんぎく】
   春菊の籠の中より蝶の翔つ      堤 魄黎
菠薐草(ほうれんそう)
   引き捨てし菠薐草よ花ざかり     吉田 ひで
山葵(わさび)
   ほろほろと山葵は花も辛かりし    小野田 洋々
   三段の小滝の懸り山葵澤       山川 喜八
芥菜(からしな)【高菜 辛菜】
三月菜(さんがつな)
水菜(みずな)【京菜】
   
吾畑のものを摘みたる水菜かな    天野 菊枝
   水菜漬うましと云えば又漬ける    中神 三川子
みづ菜(みずな)【うみばみ草】
鴬菜(うぐいすな)【小松菜】
   鶯菜蒔くはここ瓜蒔くはここ     井上 史葉
春大根(はるだいこん)【野大根】
   ブラジルの春大根の大きこと     伊津野 静
   波の声春大根の畑に消ゆ       江藤 ひで
葱坊主(ねぎぼうず)【葱の花 葱の擬宝 花葱 根深の花】
   虻忙し世の中忙し葱坊主       山内 年日子
   葱の花そしらぬ顔に蝶とびし     藤島 きぬゑ
茗荷竹(みょうがたけ)【茗荷の子】
   指先に移り香淡し茗荷竹       福島 はま
   一握り程の土産の茗荷竹       二宮 武子
茎立(くくたち)【くきだち 茎立菜 茎立ちぬ】
   茎立のかこめる礎石あたゝかく    宮野 寸青
   雨少しあれば茎立つ畑のもの     竹中 一藍
独活(うど)【芽独活 山独活】
   独活を掘る碇峠と云ふところ     渋谷 一重
   独活掘りて母のおもかげ抱き戻る   嶋田 つる女
松葉独活(まつばうど)【アスパラガス】
慈姑(くわい)
   山寺の筧の一つ慈姑田に       森山 治子
胡葱(あさつき)【糸葱 千本分葱 浅葱 せんぶき】
   独り酌む胡葱少しあれば足る     加藤 たかし
   口ずさむ師の胡葱の一句かな     山田 静穂
野蒜(のびる)
   ダムに落ちさうな野蒜の畑かな    刈谷 桂子
   畑打女籠の野蒜をどっと捨て     山本 悦子
韭(にら)【ふたもじ】
   韭和へを肴に講の濁り酒       松本 竜庵
蒜(にんにく)【葫 大蒜 忍辱】
蓬(よもぎ)【餅草 も草 やき草 さしも草】
   桑畑に摘みし蓬のやはらかし     穴井 まき
   この頃のぐづつき日和蓬萌ゆ     坂田 玲子
土筆(つくし)【つくづくし つくしんぼ 筆の花 土筆野】
   無造作に土筆を踏みて田に入る    本田 和男
   土筆野のひとりは淋し又歩く     松下 のぶ
杉菜(すぎな)
   旅人の如く杉菜を見てをりし     村中 美代
蕨(わらび)【早蕨 蕨野】
   山一つ越えし谷間の太蕨       吉田 久子
   ふり返りても蕨野の起伏かな     秋山 万里
薇(ぜんまい)
   ぜんまいののの字の綿の並び立つ   北條 力
   より分けてぜんまい多し籠の中    仲 末子
芹(せり)【根芹 田芹 畑芹 沢芹 芹田】
   芹育ち何か小さきもの育ち      後藤 栄生
   札所より札所へ流れ芹の水      今川 青風
三葉芹(みつばぜり)【みつば】
   三ツ葉らし小さき芽ぶき一面に    辻 迪子
   三葉のぶ日脚の伸びと競ふごと    岩切 葉子
防風(ぼうふう)
   防風の育ちつゝある浦の風      徳重 敏乃
   防風を摘みし別れとなりにけり    千本木 早苗
ものの芽(もののめ)
   ものゝ芽の影を引きたるうすさかな  塩月 能子
   祝の雨いたるところに物芽かな    成瀬 雄達
草の芽(くさのめ)【名草の芽】
   甘草の芽のとびとびのひとならび   高野 素十
   草の芽に降る雨やさし人優し     板井 潤子
蕗の薹(ふきのとう)
   見て過ぎし仏の坂の蕗の薹      益田 白堂
   摘みとりて小笊にあふれ蕗の薹    曽我 鈴子
末黒の芒(すぐろのすすき)【焼野の芒 黒生の芒】
   末黒野に春りんだうの真先に     杉 千代志
   末黒野の一つの山は硫黄噴く     友成 ゆりこ
猫柳(ねこやなぎ)
   猫柳四五歩離れて暮れてをり     高野 素十
   昨日より今日あたたかや猫柳     長野 豊子
牡丹の芽(ぼたんのめ)
   人々に徳川園の牡丹の芽       石川 梨代
   牡丹の芽炎のごとし日当れば     島田 カメラ
芍薬の芽(しゃくやくのめ)【芽芍薬】
   二葉づつ雨の芍薬俄なり       増田 雅久
桔梗の芽(ききょうのめ)
   紫の少しほぐれし桔梗の芽      梧桐 青吾
菖蒲の芽(しょうぶのめ)
   ひねもすの雨の育てし菖蒲の芽    竹田 節
   菖蒲の芽つんつん影をかさねけり   薗田 秀子
蘆の角(あしのつの)【蘆の芽 角組む蘆】
   ひろごりし水輪つまづく芦の角    関 夫久子
   城沼の角ぐむ葦の中の道       大澤 三世木
菰の芽(こものめ)
   菰の芽にまだ繕はぬ四つ手網     古賀 菊枝
菊の苗(きくのなえ)
   約束の菊苗を持ち訪ひくれし     柴山 つや子
   しかと土押さへて菊芽団子挿し    藤野 山水
木の芽(このめ)【きのめ 芽立ち 木の芽時 木の芽風 木の芽吹く】
   木の芽して今おもしろき雑木かな   高浜 虚子
   新しき牧場の柵や木の芽風      宮成 鎧南
接骨木の芽(にわとこのめ)
   接骨木の節々太き芽立ちかな     数川 三枝子
   接骨木の芽とおしへられ仰ぎ見る   藤岡 むね
楓の芽(かえでのめ)
   お礼所のいろは楓の芽吹きおり    近石 ひろ子
   楓の芽あるひは紅く出にけり     松本 竜庵
桑の芽(くわのめ)
   桑畑の煙るが如く芽ぶきをり     柴山 つや子
   桑の芽の形となりて桑ほぐれ     柴山 長子
薔薇の芽(ばらのめ)【茨の芽】
   薔薇の芽に夫の嫌ひし虫の来る    平山 愛子
   大いなる春をバラの芽赤く咲く    上野 百人
蔦の芽(つたのめ)
多羅の芽(たらのめ)
山椒の芽(さんしょうのめ)
   大風に山椒の芽も出揃ひし      瀬戸 十字
枸杞(くこ)
   枸杞の芽のうす紫の籬かな      安藤 雅子
五加木(うこぎ)
   五加木摘む別れの時を惜しみつゝ   平野 貞子
   五加木摘む刺をかわして母巧     菊池 九葉
芽柳(めやなぎ)【芽ばり柳 柳の芽】
   芽柳の水にとどきし二三すじ     瀧村 水峯
   芽柳もゆれ吾が心定まらず      飯泉 たつ子
柳(やなぎ)【青柳 遠柳 川柳 門柳 糸柳】
   十五分遅れ柳の下に逢ふ       工藤 信子
   町の灯のちらちら見ゆる青柳     吉田 忍
柳絮(りゅうじょ)【柳の絮 柳絮とぶ 柳の花】
   旅なればみんな早起き柳絮飛ぶ    溝口 博子
   柳絮飛ぶ橋のたもとのポストかな   黒沼 草生
椿(つばき)【玉椿 山椿 薮椿 白椿 乙女椿 八重椿 つらつら椿 落椿】
   一つ落ちて二つ落ちたる椿哉     正岡 子規
   椿咲く岬にのこる漂流記       金子 九九
彼岸桜(ひがんざくら)【枝垂桜 糸桜】
   風あればしきりに彼岸桜散る     杉山 マサヨ
   大いなる枝垂桜の影の中       山田 静雄
初桜(はつざくら)【初花】
   初桜蕾したがへ楚々として      佐藤 ともえ
   初花の寺に四五人女客        有働 清一郎
花(はな)【花の雲 花吹雪 落花 花屑 花埃 花の塵 花の雨 花冷 花の山 花明り 花満開 
花月夜 花影 花匂う 風の花】

   花冷えの闇にあらはれ篝守      高野 素十
   花冷えのかりそめのわが庵かな    倉田 素直
桜(さくら)【山桜 八重桜 遅桜 朝桜 夕桜 夜桜】
   たゞ魁偉これや桜の幹なりや     遠入 たつみ
   重たげに風の中なる八重桜      白石 時子
残花(ざんか)
   高きより残りの花のひらひらと    茂上 かの女
泊夫藍の花(さふらんのはな)
   泊夫藍の苗売ってをるメノコかな   河野 照代
   高熱に効くサフランのをしべ摘む   高島 みどり
片栗の花(かたくりのはな)
   片栗をかたかごといふ今もいふ    高野 素十
   片栗の花に夕影ひろがりし      倉田 紘文
ミモザの花(みもざのはな)
   花ミモザ咲きたる町に母住める    山内 二三子
   曇天や塀に重たき花ミモザ      高井 邦子
桃の花(もものはな)【白桃 緋桃 桃の村 桃咲く】
   海女とても陸こそよけれ桃の花    高浜 虚子
   野に出れば人皆やさし桃の花     高野 素十
梨の花(なしのはな)【梨花 梨咲く】
   棚白くふくれて梨の花盛り      窪田 竹舟
   雪の嶺はるか連なり梨の花      長谷川 耕畝
杏の花(あんずのはな)
   越えて来し山のいくつや花杏     羽生 敏子
   やはらかな日ざし集めて花あんず   曽我 鈴子
李の花(すもものはな)【花李 巴旦杏の花 李咲く】
   李棚平らすももの花平ら       森山 素石
   うすみどり色に日かげり花李     松本 武千代
林檎の花(りんごのはな)
   津軽より招かれて旅花りんご     佐藤 良生
   花白く蕾は赤くひめりんご      田沼 良子
郁李の花(にわうめのはな)【庭梅の花 いくり】
   母の影うつろふ庭の花郁李      麻生 良昭
   風花の如郁李の散る日かな      橋本 道子
山桜桃の花(ゆすらのはな)【梅桃の花 花ゆすら ゆすら咲く】
しどみの花(しどみのはな)【花しどみ 草木瓜 地梨】
木瓜の花(ぼけのはな)【更紗木瓜 蜀木瓜 広東木瓜 緋木瓜 白木瓜】
   木瓜の花今日一日をつゝがなく    福嶋 紀蘇
   木瓜咲いて山に一つの喫茶店     村井 流水
黄楊の花(つげのはな)
   花黄楊の垣低かりし人通る      安藤 尚子
枸橘の花(からたちのはな)【枳殻の花 花からたち 枳殻咲く】
   枸橘の花咲き初めし刺の中      加藤 和子
山椒の花(さんしょうのはな)【花山椒 山椒咲く】
   指先に摘みし名残や花山椒      谷村 喜美子
接骨木の花(にわとこのはな)
   接骨木の花の盛りに里がへり     若林 かつ子
杉の花(すぎのはな)
   手を触れし杉の群れ花花粉散る    野上 かずみ
   みほとけの道の明暗杉の花      東原 芦風
菜の花(なのはな)【花菜 菜種の花 花菜咲く 菜の花明り】
   大覚寺道の菜の花明りかな      有川 淳子
   下総の国に入りたる花菜かな     井上 史葉
大根の花(だいこんのはな)【花大根 種大根】
   大根の花美しき御生涯        宿里 菊香
   出稼ぎの夫より便り花大根      門岡 一笑
豆の花(まめのはな)【豌豆の花 蚕豆の花】
   叱られし遠き思ひ出豆の花      清水 きよ子
   蚕豆の花のまなこに見られをり    刈谷 次郎丸
馬酔木の花(あせびのはな)【あせぼの花 あしびの花 花馬酔木】
   馬酔木咲く丘の明るく雨上る     織部 れつ子
   花あしび野焼きの煤のかかりたる   伊東 奈美
ライラック(らいらっく)【リラの花】
   五月好き札幌が好きライラック    松尾 美子
   押花の香りまだありリラの花     小林 いまよ
小米花(こごめばな)【小米桜 雪柳 えくぼ花】
   美しく老いて女座す小米花      中野 喜久枝
   小米花吹雪く如くに散りにけり    牧 貴子
小粉団の花(こでまりのはな)【こでまり 団子花】
   一筋のこでまり白き弧を描き     久保田 洋子
   小粉団や寺の男の大あくび      指中 恒夫
楓の花(かえでのはな)【花楓 もみじ咲く】
   御手洗に楓の花のこぼれゐし     柴山 つや子
松の花(まつのはな)
   境内の松の林の松の花        香下 純公
   苗木より育て上げたる松の花     渡辺 寿栄子
珈琲の花(こーひーのはな)
樒の花(しきみのはな)【こうしばの花】
   み佛に樒の花もひらき初め      浜岡 延子
   山門を入るより匂ふ花樒       東 容子
木苺の花(きいちごのはな)【もみじ苺 下り苺】
   木苺の花美しく山路行く       枌 さつき
   木苺の薄暗がりの白さかな      児玉 寿美女
苺の花(いちごのはな)【くさいちご】
   どれもみな一番花や花苺       大山 清治朗
   みさゝぎへ杣の道あり草いちご    藤井 乃婦
通草の花(あけびのはな)【木通の花 山女の花 通草咲く】
   山椒魚出でて通草の花ざかり     橋爪 巨籟
   そのかみの籠の渡し場花あけび    千石 比呂志
郁子の花(むべのはな)【うべの花 野木瓜】
   郁子咲くやほのかなる香に歩を留め  藤井 俊一
桑の花(くわのはな)【やまぐわの花】
   顧みる人もなけれど桑の花      天沼 茗水
   やゝ淋しことありし日の桑の花    帖地 津木
満天星の花(どうだんのはな)【満天星躑躅】
   どうだんの花片寄りて咲きにけり   本田 和男
石楠花(しゃくなげ)【石南花】
   石南花の奥の院までつゞきをり    上田 立一呂
   石南花にやさしかりけり朝の風    駒走 松恵
薊の花(あざみのはな)【花薊 薊 鬼薊 山薊 野薊 眉作り 眉はき】
   野に出でし女が一人花薊       横井 かず代
   八雲立つ風土記の丘の鬼あざみ    渋谷 一重
山帰来の花(さんきらいのはな)【さるとりの花】
   山帰来花つけて陽のやはらかし    長野 豊子
楮の花(こうぞのはな)
   三椏の花咲く村に嫁ぐとや      谷口 君子
   三椏の蕾のまゝの長かりし      平山 愛子
都万麻の花(つままのはな)
   萬葉の都万麻の花に我は佇つ     千石 比呂志
金縷梅(まんさく)【万作 まんさくの花】
   万作の花の貧しき黄色かな      倉田 紘文
山吹(やまぶき)【濃山吹 葉山吹】
   山吹の流れ去りけり一しきり     正岡 子規
   濃山吹なだれて咲きし水の上     松田 トシ子
海棠(かいどう)【海棠の花】
   海棠の咲き終る迄うつむける     木村 草女
水芭蕉(みずばしょう)
   打ち渡す板の歩道や水芭蕉      金井 綺羅
   群落の一気に開き水芭蕉       松尾 美子
躑躅(つつじ)【やまつつじ きりしま】
   筑紫路の白き真昼をつつじ燃ゆ    原田 逸子
   長き蕊残して躑躅地に落ちぬ     中屋敷 晴子
蔦若葉(つたわかば)
萩若葉(はぎわかば)
   美しの宮に願かけ萩若葉       畑 美津恵
   風止みて疲れみえたる萩若葉     橋本 武子
草若葉(くさわかば)
   絹ずれの風を広げて草若葉      高司 良恵
葎若葉(むぐらわかば)
罌粟若葉(けしわかば)【芥子若葉】
   長病の婆のかくし田罌粟若葉     千葉 大行
   思ひ出のめぐり故郷の芥子若葉    小林 むつ子
菊若葉(きくわかば)
荻若葉(おぎわかば)【若荻】
   若荻の揺れるやさしさ舟のみち    木村 あけみ
若芝(わかしば)【春の柴 柴萠ゆる 柴青む】
   若芝に試歩の素足の一歩二歩     小野 秀子
若蘆(わかあし)【蘆若葉】
   妻と来し芦の若葉の王子跡      北條 力
若菰(わかごも)
若緑(わかみどり)【松の緑 緑立つ 若松 松の蕊】
   摘み捨てし松の緑の長が短か     牧 月耕
   本丸の窓の高さに松の蕊       千葉 大行
髢草(かもじぐさ)
ねぢあやめ(ねぢあやめ)
   ねぢれつゝ花咲きのぼるねぢあやめ  村山 志水
   ねぢあやめ異国の花と歳時記に    野田 武
松露(しょうろ)
蘖(ひこばえ)【ひこばゆ】
   蘖につきし一輪梅ひらく       藤田 静古
   切り株の皮押し破り蘖ゆる      三原 春風
竹の秋(たけのあき)【竹秋】
   寺町の一寺一寺の竹の秋       中宮 喜代子
   裏山に人の声ある竹の秋       森田 玉水
青麦(あおむぎ)【麦青む】
   百姓の血筋の吾に麦青む       高野 素十
   舟みちの蝶ひらひらと麦青む     薗田 秀子
苗代茱萸(なわしろぐみ)【はるぐみ 俵ぐみ 胡頽子】
   神苑の苗代ぐみの熟れはじむ     坂本 明子
   春のぐみふふみ幼き日を思ふ     石山 高子
桑(くわ)
   浅間遠く赤城はそこに桑の道     中畠 ふじ子
   呼ぶ我に答へし母も桑の中      倉田 紘文
藤(ふじ)【藤の花 山藤 白藤 藤浪 藤の房】
   車窓より母校が見えて藤の花     田上 良子
   白藤の小さな駅におりにけり     頓所 八重子
海苔(のり)【青海苔】
   荷を解けば浅草海苔の匂い哉     正岡 子規
   たぐりよす一番青海苔の長さかな   秋畑 やすえ
若布(わかめ)【和布】
   赴任せし島の荒磯に若布採る     田宮 良子
   若布篭並べて船の帰り待つ      谷口 三居
蓴生う(ぬなわおう)
   も一つの沼は蓴の生ふるとか     大塚 あつし
水草生う(みずくさおう)【みくさ生う 萍生う】
   神の山水にうつらず水草生ふ     池田 菟沙
搗布(かじめ)
   夕市に搗布を刻み刻み売る      水野 すみこ
   波の列乱るるところ搗布生ふ     小川 背泳子
角又(つのまた)
鹿尾菜(ひじき)
   明日開くひじきの礁を見て廻る    秋畑 やすえ
   鹿尾菜刈り立上りたる大男      稲田 彩紅
海雲(もずく)【水雲 海蘊】
   海雲売る娘の腕の金時計       堤 魄黎
海髪(うご)【おご うごのり】